2018/08/15/ (水) | edit |

ソース:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180813-00010000-nkbizgate-bus_all
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1 名前:樽悶 ★:2018/08/14(火) 23:54:02.85 ID:CAP_USER9
※総踊りスレ
海軍主流の永野修身は、対米開戦派の中核となった
1945年の太平洋戦争終結から、平成最後の夏となるこの8月で、73年を経た。現在でも残る疑問のひとつは、明らかな国力差にも関わらず、なぜ当時の指導者層が日米戦に踏み切ったかだ。陸軍の暴走に政府、海軍、宮中、さらに世論までが引きずられていったかのようにも映る。しかし早期開戦を主張し続けたのは、実は海軍主流派だった。
大臣・総長・司令長官を歴任したエリート
森山優・静岡県立大教授は「昭和史講義 軍人編」(ちくま新書)の中で、海軍主流派の行動は「それなりに論理的整合性が高い」と分析する。それがなぜ「全海軍を失う結果」(森山教授)に終わったのか。海軍の挫折は、急変する経営環境に対応していかなければならない現代企業にも、多くの教訓を与えてくれそうだ。
真珠湾攻撃の山本五十六・連合艦隊司令長官や終戦時の米内光政海相に比べ知名度は劣るものの、海軍で主流派中の主流といえば永野修身(1880~1947)軍令部総長の右に出る軍人はいない。海軍における最高ポストは軍令部総長(統帥)、海軍大臣(軍政)、連合艦隊司令長官(艦隊)の3つ。森山教授は「70年を越える海軍の歴史で3ポストを歴任したのは永野だけ」と指摘する。昭和期に皇族を除いて唯一、生前に元帥にまで昇進したエリート中のエリートだ。
屈託がなくて侠気があり、秀才型官僚軍人とは一線を画していたという。頭脳明晰(めいせき)で「自称天才居士」と言われるほどの自信家でもあった。海軍兵学校長時代には改革派として「従来の一方通行の暗記型から自学自習を旨とする米国流のダルトン・プランを導入した」(森山教授)。その永野が41年4月に軍令部総長に就任すると、海軍中堅層とともに対米開戦派の中核となった。
当時の第2次近衛文麿内閣は37年から始まった日中戦争が長期化し、中国に同情的な米国との関係も悪化していた。41年6月には独ソ戦が開始。7月には第3次近衛内閣を発足させて対米関係の改善に取り組むが、同月の仏領インドシナ南部進駐が米国の反発を呼び、8月の全面禁輸を招いてしまった。森山氏は「「米国の大きな反発はないと思って進駐を進めた陸海軍の軍人のほとんどが、米国の強硬姿勢に驚愕(きょうがく)した」と指摘する。
「戦機は今、3年後は不明」
永野は昭和天皇に対米早期開戦を進言した。これは及川古志郎海相ら他の海軍首脳部にとって予想外のハプニングだった。それまで陸軍がソ連(当時)を、海軍は米国を仮想敵国として軍需予算を獲得してきたが「対米戦、とくに長期戦を戦う実力がないことは海軍首脳部や戦備の実態を把握している現場の将官たちの共通認識だった」と森山教授。さらに日米交渉における一番のポイントは中国本土からの撤兵問題だ。森山教授は「撤兵問題で日米が戦うのは愚かなことだという考えで海軍は一致していた」と言う。
永野はなぜ早期開戦を主張したのか。米国から石油の供給が止まれば平和時2年、戦時1年半しか貯蔵がないため「日米間の軍事力の差が広がる前の有利なうちに、戦争した方がよいという考えだった」(森山教授)。
昭和天皇から日本海海戦のような大勝利は難しいであろうと尋ねられると、永野は「勝ち得るや否やもおぼつかなし」と答えて天皇を驚かせたという。天皇側近の木戸幸一内大臣らは「あまりに単純」「捨てばちの戦い」と冷淡に批評した。多くの指導者層が木戸と同じく永野の主張を聞き流した。
当時の日本は宮中、内閣、陸海軍らがそれぞれに組織利害を主張する分権的な政治体制だった。対米戦までの約1年半で、実に10回もの「国策要綱」が策定されている。激動する国際情勢に臨機応変に対応しようとしていたとみることもできるが「両論併記と決定を先送りする『非決定』が行われていた」と森山教授は分析する。
日米首脳会談での解決に望みをかけていた近衛首相は米国側の会談拒否にあい、10月に退陣。代わった東条英機内閣は、昭和天皇の意をくんで外交と戦争準備を並行させる方針をいったんは白紙還元したが、結局は外交を打ち切って戦争へ向かっていった。
永野は重要な会議で「戦機は今、3年後は不明」「英米を屈服させる手段は無い。結局は国際情勢の変化と国民の精神力による」などと繰り返した。海軍自体も艦隊がすぐに戦争できるように「出師準備」を8月に開始した。
全くブレなかった永野の早期開戦論
(続きはソース)
8/13(月) 12:31配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180813-00010000-nkbizgate-bus_all
2 名前:名無しさん@1周年:2018/08/14(火) 23:54:24.39 ID:UyuT1V1M0海軍主流の永野修身は、対米開戦派の中核となった

1945年の太平洋戦争終結から、平成最後の夏となるこの8月で、73年を経た。現在でも残る疑問のひとつは、明らかな国力差にも関わらず、なぜ当時の指導者層が日米戦に踏み切ったかだ。陸軍の暴走に政府、海軍、宮中、さらに世論までが引きずられていったかのようにも映る。しかし早期開戦を主張し続けたのは、実は海軍主流派だった。
大臣・総長・司令長官を歴任したエリート
森山優・静岡県立大教授は「昭和史講義 軍人編」(ちくま新書)の中で、海軍主流派の行動は「それなりに論理的整合性が高い」と分析する。それがなぜ「全海軍を失う結果」(森山教授)に終わったのか。海軍の挫折は、急変する経営環境に対応していかなければならない現代企業にも、多くの教訓を与えてくれそうだ。
真珠湾攻撃の山本五十六・連合艦隊司令長官や終戦時の米内光政海相に比べ知名度は劣るものの、海軍で主流派中の主流といえば永野修身(1880~1947)軍令部総長の右に出る軍人はいない。海軍における最高ポストは軍令部総長(統帥)、海軍大臣(軍政)、連合艦隊司令長官(艦隊)の3つ。森山教授は「70年を越える海軍の歴史で3ポストを歴任したのは永野だけ」と指摘する。昭和期に皇族を除いて唯一、生前に元帥にまで昇進したエリート中のエリートだ。
屈託がなくて侠気があり、秀才型官僚軍人とは一線を画していたという。頭脳明晰(めいせき)で「自称天才居士」と言われるほどの自信家でもあった。海軍兵学校長時代には改革派として「従来の一方通行の暗記型から自学自習を旨とする米国流のダルトン・プランを導入した」(森山教授)。その永野が41年4月に軍令部総長に就任すると、海軍中堅層とともに対米開戦派の中核となった。
当時の第2次近衛文麿内閣は37年から始まった日中戦争が長期化し、中国に同情的な米国との関係も悪化していた。41年6月には独ソ戦が開始。7月には第3次近衛内閣を発足させて対米関係の改善に取り組むが、同月の仏領インドシナ南部進駐が米国の反発を呼び、8月の全面禁輸を招いてしまった。森山氏は「「米国の大きな反発はないと思って進駐を進めた陸海軍の軍人のほとんどが、米国の強硬姿勢に驚愕(きょうがく)した」と指摘する。
「戦機は今、3年後は不明」
永野は昭和天皇に対米早期開戦を進言した。これは及川古志郎海相ら他の海軍首脳部にとって予想外のハプニングだった。それまで陸軍がソ連(当時)を、海軍は米国を仮想敵国として軍需予算を獲得してきたが「対米戦、とくに長期戦を戦う実力がないことは海軍首脳部や戦備の実態を把握している現場の将官たちの共通認識だった」と森山教授。さらに日米交渉における一番のポイントは中国本土からの撤兵問題だ。森山教授は「撤兵問題で日米が戦うのは愚かなことだという考えで海軍は一致していた」と言う。
永野はなぜ早期開戦を主張したのか。米国から石油の供給が止まれば平和時2年、戦時1年半しか貯蔵がないため「日米間の軍事力の差が広がる前の有利なうちに、戦争した方がよいという考えだった」(森山教授)。
昭和天皇から日本海海戦のような大勝利は難しいであろうと尋ねられると、永野は「勝ち得るや否やもおぼつかなし」と答えて天皇を驚かせたという。天皇側近の木戸幸一内大臣らは「あまりに単純」「捨てばちの戦い」と冷淡に批評した。多くの指導者層が木戸と同じく永野の主張を聞き流した。
当時の日本は宮中、内閣、陸海軍らがそれぞれに組織利害を主張する分権的な政治体制だった。対米戦までの約1年半で、実に10回もの「国策要綱」が策定されている。激動する国際情勢に臨機応変に対応しようとしていたとみることもできるが「両論併記と決定を先送りする『非決定』が行われていた」と森山教授は分析する。
日米首脳会談での解決に望みをかけていた近衛首相は米国側の会談拒否にあい、10月に退陣。代わった東条英機内閣は、昭和天皇の意をくんで外交と戦争準備を並行させる方針をいったんは白紙還元したが、結局は外交を打ち切って戦争へ向かっていった。
永野は重要な会議で「戦機は今、3年後は不明」「英米を屈服させる手段は無い。結局は国際情勢の変化と国民の精神力による」などと繰り返した。海軍自体も艦隊がすぐに戦争できるように「出師準備」を8月に開始した。
全くブレなかった永野の早期開戦論
(続きはソース)
8/13(月) 12:31配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180813-00010000-nkbizgate-bus_all
アメリカが対日開戦固定だったから
29 名前:名無しさん@1周年:2018/08/15(水) 00:06:54.36 ID:uW4OEgjw0技術的には可能だったんだろ
34 名前:名無しさん@1周年:2018/08/15(水) 00:08:33.75 ID:2nQdd5mD0気合があれば何でもできると思ってたから
42 名前:名無しさん@1周年:2018/08/15(水) 00:10:10.92 ID:yAiS1b7A0まだ負げてねえから
51 名前:名無しさん@1周年:2018/08/15(水) 00:13:14.95 ID:rXKYDjN60
開戦して太平洋艦隊潰した後、立て直される前に講和に持ち込む作戦だったろ
潰しきれなかった上に調子に乗って継戦えらんだのが駄目
62 名前:名無しさん@1周年:2018/08/15(水) 00:16:21.74 ID:GOeIFyzE0潰しきれなかった上に調子に乗って継戦えらんだのが駄目
近衛がイケイケで国民を戦争へと煽ったからだろ。
なんで海軍のせいにしてんだよ。
82 名前:名無しさん@1周年:2018/08/15(水) 00:20:35.68 ID:BUG6hfjI0なんで海軍のせいにしてんだよ。
当時としては山本の作戦がベスト
それ以外にない
ハワイからアメを追い出せば、西海岸までひっこむ
それしか勝てる見込みは無いんだよ
95 名前:名無しさん@1周年:2018/08/15(水) 00:22:36.09 ID:3/hNmQhq0それ以外にない
ハワイからアメを追い出せば、西海岸までひっこむ
それしか勝てる見込みは無いんだよ
燃料がない
今戦わないと勝つ確率がどんどん下がる
外交による解決の道がなくなった
まあ負けた以上開戦は間違えだったわけだが、非合理なわけでもない
157 名前:名無しさん@1周年:2018/08/15(水) 00:29:44.35 ID:2NrAbrvf0今戦わないと勝つ確率がどんどん下がる
外交による解決の道がなくなった
まあ負けた以上開戦は間違えだったわけだが、非合理なわけでもない
最大の勝者は
米ソ毛沢東の三人
164 名前:名無しさん@1周年:2018/08/15(水) 00:30:51.34 ID:9ijcj7yL0米ソ毛沢東の三人
結局ナチスもイギリスを屈服せしめぬうちのソ連開戦
日帝も中国平定できずアメリカと開戦
しかも両者にろくな連携なし
勝てるわけねーわ
176 名前:名無しさん@1周年:2018/08/15(水) 00:32:12.35 ID:GOeIFyzE0日帝も中国平定できずアメリカと開戦
しかも両者にろくな連携なし
勝てるわけねーわ
まぁ、現代の会社組織と同じだよ。
上層部は無茶な作戦を立案し、現場は無茶と知りつつも苦労して実現してしまう。
そういう綱渡りはいつか破綻する。
しかし上層部は綱渡りとは認識していないという。
197 名前:名無しさん@1周年:2018/08/15(水) 00:34:32.48 ID:eTg3jdy90上層部は無茶な作戦を立案し、現場は無茶と知りつつも苦労して実現してしまう。
そういう綱渡りはいつか破綻する。
しかし上層部は綱渡りとは認識していないという。
何をやっても新たに他の理由を作って戦争してただろうアメリカなら
引用元:https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1534258442/スポンサード リンク
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裕仁を吊せ!
あの頃の日本帝国軍の性格だろうな、下手なことを言ったら非国民扱いだし
マスコミも戦争を煽って、何を言ってもお国の為にがんばれ!とかだから
マスコミも戦争を煽って、何を言ってもお国の為にがんばれ!とかだから
学生に自虐歴史を教えこむのは勘弁してほしい
報道見てるけど、フーバーの回顧録は誰も取り上げてくれないねぇ
別に全てをひっくり返せとは言わんが、新しい情報に基づいて新しい報道をしたら?と思うんだけど
別に全てをひっくり返せとは言わんが、新しい情報に基づいて新しい報道をしたら?と思うんだけど
海軍よりマスコミと関東軍の責任の方が大きいと思う。
検証は大事だが戦争で亡くなった方々を悼む日に後世のろくに何も知らない連中がエラそうにごちゃごちゃ言うのは本当に最低だと思うの
真珠湾攻撃で米正規空母を破壊し、
ミッドウェーで戦力通り勝っていれば、もっと別の展開があったと悔やまれる
でも現在、米海軍にここまでやれる戦力を持った国家がある?
ロシア海軍は最近になって艦載機を初めて実戦投入したと報道してたレベルでしかない
ミッドウェーで戦力通り勝っていれば、もっと別の展開があったと悔やまれる
でも現在、米海軍にここまでやれる戦力を持った国家がある?
ロシア海軍は最近になって艦載機を初めて実戦投入したと報道してたレベルでしかない
2のいう通り。
すさまじくどうでもいい文章。
日本だけをみてもなんにもならない。まして一個人だけをみても。
すさまじくどうでもいい文章。
日本だけをみてもなんにもならない。まして一個人だけをみても。
不敬罪を復活させるしか無いな
フーバーの回顧録のことを書いてる人がいてよかった
元記事はくだらない
元記事はくだらない
まず対米戦を政府は回避しようと努力していたが
朝日新聞が「勝てる戦を何故やらぬ」と戦争を煽りに煽って政府を腰抜けと罵った
おかげで民衆は政府を信用しなくなり交戦派が勢いづきクーデターが起こりかねない状況になった
そのうえ海軍は日頃からアメリカを仮想敵国として艦隊を整備(士官の食い扶持を確保するのが本音)していたので
対米戦をやれるなと言われれば否定出来ない状況に追い込まれていた
こうして朝日新聞に扇動された民衆に逆らえず会戦となった
ちなみに朝日新聞は対米戦をしたら日本は負ける事を知っていた
朝日新聞が「勝てる戦を何故やらぬ」と戦争を煽りに煽って政府を腰抜けと罵った
おかげで民衆は政府を信用しなくなり交戦派が勢いづきクーデターが起こりかねない状況になった
そのうえ海軍は日頃からアメリカを仮想敵国として艦隊を整備(士官の食い扶持を確保するのが本音)していたので
対米戦をやれるなと言われれば否定出来ない状況に追い込まれていた
こうして朝日新聞に扇動された民衆に逆らえず会戦となった
ちなみに朝日新聞は対米戦をしたら日本は負ける事を知っていた
日本に選択肢なんてなかったのが正解
日中、日露で勝って、調子に乗った新聞が国民煽りまくったから。
軍部は勝てないとわかってた。
つーか、日露なんかはあっちの内政やらイギリスの関与があってギリなんとかったものを、大勝利のごとく報道したというのも大きい。
あとは大体近衛文麿と東条英機のせい。
軍部は勝てないとわかってた。
つーか、日露なんかはあっちの内政やらイギリスの関与があってギリなんとかったものを、大勝利のごとく報道したというのも大きい。
あとは大体近衛文麿と東条英機のせい。
まずは、米が中国進出したかったのに日本が満州譲らなかったからだろ。欲のかきすぎ。米と共同でやればよかった。欧米中心の世界なのに、一東洋人が調子に乗りすぎた。
また、早期に勝ってるうちに止めとけばよかった。
また、早期に勝ってるうちに止めとけばよかった。
※2126828
どうやって止めるん?
ロシアを宿敵としてアメリカと戦ってる状況でどこが講和の仲介なんかしてくれるん?
当事国同士による講和なんかあり得ん訳だが
なあ、早期に勝ってるうちになんかどうすれば止めさせてもらえるん?
どうやって止めるん?
ロシアを宿敵としてアメリカと戦ってる状況でどこが講和の仲介なんかしてくれるん?
当事国同士による講和なんかあり得ん訳だが
なあ、早期に勝ってるうちになんかどうすれば止めさせてもらえるん?
2126835
横だが、海軍て早くから陛下に「2年なら何とか持ち堪える」って言ってたんよ。
でもそれ以上はさすがに勝ち目ないよ、と。
その上での開戦。
で、本当はミッドウェーで米軍太平洋艦隊を潰す予定だったんだよ。
そこで「これ以上はお互い続けるの大変でしょ?そろそろ手打ちにしない?」とやるはずだった。
でもまさかの惨敗で虎の子の空母機動部隊の主力を失った。
そこまでの経緯って実はそんなに悪いもんじゃなかったんだよ。
講和条約を締結するのに「仲介が必要」なんて国際法(当時も現在も)ないはず。
当事国だけで話を付けても良かったと思うが。
横だが、海軍て早くから陛下に「2年なら何とか持ち堪える」って言ってたんよ。
でもそれ以上はさすがに勝ち目ないよ、と。
その上での開戦。
で、本当はミッドウェーで米軍太平洋艦隊を潰す予定だったんだよ。
そこで「これ以上はお互い続けるの大変でしょ?そろそろ手打ちにしない?」とやるはずだった。
でもまさかの惨敗で虎の子の空母機動部隊の主力を失った。
そこまでの経緯って実はそんなに悪いもんじゃなかったんだよ。
講和条約を締結するのに「仲介が必要」なんて国際法(当時も現在も)ないはず。
当事国だけで話を付けても良かったと思うが。
国際社会からの孤立という戦略レベルの重要な話そっちのけで、
対米開戦の是非みたいな戦術レベルのどうでもいい話を
未だにしているあたり戦略オンチの日本人らしいと言えばらしい。
対米開戦の是非みたいな戦術レベルのどうでもいい話を
未だにしているあたり戦略オンチの日本人らしいと言えばらしい。
2126847
2年は存分に~なら知ってるが
講和条約だって降伏じゃないんだから殴った方、殴られた方がもう止めましょうやなんて都合の良いことは通りはしない
国際法でなく現実的な手段として第三国の仲介がなきゃ成立しないんだが
日露だってアメリカに仲介してもらうことでなんとか講和に持ち込めたんだからな
2年は存分に~なら知ってるが
講和条約だって降伏じゃないんだから殴った方、殴られた方がもう止めましょうやなんて都合の良いことは通りはしない
国際法でなく現実的な手段として第三国の仲介がなきゃ成立しないんだが
日露だってアメリカに仲介してもらうことでなんとか講和に持ち込めたんだからな
※2126835
主戦力を適当に叩いて講和を持ちかけるって世界の戦争史でも常套手段やぞ
主戦力を適当に叩いて講和を持ちかけるって世界の戦争史でも常套手段やぞ
チャーチルが何がなんでもアメリカを参戦そせたかったんだからしゃーない
山本五十六のせい。相手は太平洋を渡ってくるしかないのに。
わざわざ出向いていくとか・・・
わざわざ出向いていくとか・・・
日本海海戦で大勝利し、栄光に輝いた日本海軍だったが、この大勝利が大きな危機を呼ぶ。
極東海域から仮想敵国の海軍力が消滅してしまったのだ。
このままでは海軍を待っているは、軍縮とリストラしかない。
そこで彼らは予算獲得のために『アメリカの脅威』という打ち出の小槌を振り回す。
日露戦争以降、海軍は『対米戦』をアピールすることによって莫大な予算を獲得してきた。
『対米戦に勝算無し』という意見を述べた、まともな軍人は海軍から追い出された。
目先の予算を獲得するためについた小さなウソ。
30年間積み重ねたウソが巨大化してしまう。
本当に対米戦が起ころうとしたときに海軍首脳部は誰も反対できなかった。
30年続けたウソの責任を取りたく無かったのだ。
国益よりも省益を優先させた官僚が国を滅ぼしたのである。
極東海域から仮想敵国の海軍力が消滅してしまったのだ。
このままでは海軍を待っているは、軍縮とリストラしかない。
そこで彼らは予算獲得のために『アメリカの脅威』という打ち出の小槌を振り回す。
日露戦争以降、海軍は『対米戦』をアピールすることによって莫大な予算を獲得してきた。
『対米戦に勝算無し』という意見を述べた、まともな軍人は海軍から追い出された。
目先の予算を獲得するためについた小さなウソ。
30年間積み重ねたウソが巨大化してしまう。
本当に対米戦が起ころうとしたときに海軍首脳部は誰も反対できなかった。
30年続けたウソの責任を取りたく無かったのだ。
国益よりも省益を優先させた官僚が国を滅ぼしたのである。
2126859
日本がやられたように相手が「もう勘弁してください」ってなるまで徹底的に叩かん限り
「こん位で勘弁したるわ」って言っても「なんだとこの野郎」で続くんだよ
「まぁまぁどっちも落ち着けや」ってとこで終わらせるのには止めてくれる奴が必要なんだよ
で、当時の日本の状況でどこの誰が止めてくれんのかって話
日本がやられたように相手が「もう勘弁してください」ってなるまで徹底的に叩かん限り
「こん位で勘弁したるわ」って言っても「なんだとこの野郎」で続くんだよ
「まぁまぁどっちも落ち着けや」ってとこで終わらせるのには止めてくれる奴が必要なんだよ
で、当時の日本の状況でどこの誰が止めてくれんのかって話
ハワイの後に即座に西海岸に攻め入って講話を目指してたんじゃなかったっけ?
作戦としては悪くないが、どちらかといえば不正解
アジアの猿なめんな、って効果だけはあったが…
きっと「海軍にも出番(というか予算)をよこせ!」的なゲスい思惑もあったろ
大義名分は後付けでも何とかなる
アジアの猿なめんな、って効果だけはあったが…
きっと「海軍にも出番(というか予算)をよこせ!」的なゲスい思惑もあったろ
大義名分は後付けでも何とかなる
対支講和もできなかったくせに
なぜ対米講和ができると思ったのか
これがわからない
なぜ対米講和ができると思ったのか
これがわからない
反米に世論を扇動したのは、間違いなく朝日新聞
永野は主戦派に迎合したんだよ、山本のように例えテ〇の標的になっても自説を主張するような軍人ではない。
イラクが米戦争回避できたとでもいいたけな論評だな
戦争の理由なんて強者が望めばどうにでもなるわ
それが嫌なら強者(現代なら核武装)になるしかない
戦争の理由なんて強者が望めばどうにでもなるわ
それが嫌なら強者(現代なら核武装)になるしかない
真珠湾でエンタープライズを沈めて
ミッドウェーでも空母いくつか沈めて
すぐに講和にもちこめば、
なんとかできる可能性はゼロじゃなかった。
真珠湾での大失敗が敗戦の原因。
ミッドウェーでも空母いくつか沈めて
すぐに講和にもちこめば、
なんとかできる可能性はゼロじゃなかった。
真珠湾での大失敗が敗戦の原因。
※2126925
当時アメリカで建造中だった空母の数知ってる?
戦前日本で売られてた雑誌とかにも書かれてたけど
1年以内に日本の総空母を軽く上回る数が就役するんだけど
真珠湾で空母全部潰しても焼け石に水
あっという間に挽回されて終わり
瑞鶴艦長も言ってたろ、真珠湾で航空機が戦艦を倒せるとアメリカが気づいた時点で日本の負けが確定したって
当時アメリカで建造中だった空母の数知ってる?
戦前日本で売られてた雑誌とかにも書かれてたけど
1年以内に日本の総空母を軽く上回る数が就役するんだけど
真珠湾で空母全部潰しても焼け石に水
あっという間に挽回されて終わり
瑞鶴艦長も言ってたろ、真珠湾で航空機が戦艦を倒せるとアメリカが気づいた時点で日本の負けが確定したって
真珠湾、ミッドウェーで完勝というのもたいがいハードルが高いが
ただの講和ではなく「経済制裁解除(石油・くず鉄)」と「援蒋の中止」まで行かないと
日本が詰みなのは変わらないわけで…そこまでいくかな…
ハルノートが魔改造されたのも中華権益がらみだったような
ただの講和ではなく「経済制裁解除(石油・くず鉄)」と「援蒋の中止」まで行かないと
日本が詰みなのは変わらないわけで…そこまでいくかな…
ハルノートが魔改造されたのも中華権益がらみだったような
致命的ミスね…そもそも開戦せざるを得ない状況に何故なったのか、開戦するまでに日本がどう動いていたのか、まで書かないで開戦が致命的ミスと断言するのはね…
2126925
そもそもアメリカが劣勢で不利な講和を受け入れる様な国なら、開戦そのものが必要なかった
そもそもアメリカが劣勢で不利な講和を受け入れる様な国なら、開戦そのものが必要なかった
ハルノートで日本は大陸からの全面撤兵を要求された、が通説で
その撤兵要求が開戦の決定打となったとされているが
実は「Chinaからの撤兵」に「Manchuriaを除く」の注釈が明記してある別バージョンがある
「勝手に満洲放棄だと早合点して戦争吹っかけたバカがいるらしい」と言われることも
勘違いを狙った誰かが意図的に削ったのではないか?と思われるが
いまやワン・チャイナとちょっとでも反する見方は
歴史ごと消されるので、いつだれが消したのかサッパリ
その撤兵要求が開戦の決定打となったとされているが
実は「Chinaからの撤兵」に「Manchuriaを除く」の注釈が明記してある別バージョンがある
「勝手に満洲放棄だと早合点して戦争吹っかけたバカがいるらしい」と言われることも
勘違いを狙った誰かが意図的に削ったのではないか?と思われるが
いまやワン・チャイナとちょっとでも反する見方は
歴史ごと消されるので、いつだれが消したのかサッパリ
開戦直前で打てる手は限られてるし、手遅れだよね
開戦しなかったら干上がってただろうし、早期講和が出来たとしても
たっぷり余力があるアメリカなら数年後に逆襲されていたろう
満州利権にこだわったこと、東南アジアへの拡張が急進すぎたこと、
国連から脱退したこと、これらの悪手が重なった結果だと思うが
開戦しなかったら干上がってただろうし、早期講和が出来たとしても
たっぷり余力があるアメリカなら数年後に逆襲されていたろう
満州利権にこだわったこと、東南アジアへの拡張が急進すぎたこと、
国連から脱退したこと、これらの悪手が重なった結果だと思うが
2126972
開戦しなきゃ植民地だっただろう。
そっちの方が良かったとでも?
結局は結果論でしかない。
悪かったのは「戦争に負けた事だけ」だ。
開戦しなきゃ植民地だっただろう。
そっちの方が良かったとでも?
結局は結果論でしかない。
悪かったのは「戦争に負けた事だけ」だ。
日露戦争後日本は敵国だったロシアに気遣ってばかりいて味方した米国をないがしろにしたから対日政策がそれまでの友好的なものから敵対的に変わった
要は日本人の強者に媚び恩人を舐めてかかる癖が、なんと国際外交に悪影響を及ぼしたことになる
要は日本人の強者に媚び恩人を舐めてかかる癖が、なんと国際外交に悪影響を及ぼしたことになる
※2126835
そのためのエサは既に書き込んでるんだが?
少しは自分の頭を動かしてくれないと疲れるわ。
そのためのエサは既に書き込んでるんだが?
少しは自分の頭を動かしてくれないと疲れるわ。
※日露戦争後日本は敵国だったロシアに気遣ってばかりいて味方した米国をないがしろにしたから対日政策がそれまでの友好的なものから敵対的に変わった
→田中角栄が決定的なターニングポイントやったな。あいつが盛大にやらかしてくれた。
→田中角栄が決定的なターニングポイントやったな。あいつが盛大にやらかしてくれた。
2127005
だから勝つなら完膚無きまでに叩きのめすしかなかったんだよ
中途半端な講和なんてのが通用する相手ではないということ
だから勝つなら完膚無きまでに叩きのめすしかなかったんだよ
中途半端な講和なんてのが通用する相手ではないということ
そもそも海軍陸軍が影響力持ってた時点でもうね
そのノリで重慶政府を叩きのめしてたらヤンキーが介入してきたんだぜ
曲がりなりにも「交渉案」だったハルノートも
重慶が反対したことで例の「最後通牒」になった
曲がりなりにも「交渉案」だったハルノートも
重慶が反対したことで例の「最後通牒」になった
対米では勝ち目が無いのは分かってたけど、長年アメリカを仮想敵国として陸軍より遥かに多額の予算を得ていた海軍には主戦派の『税金の無駄飯喰らい』の批判に抗えなかった。
ハワイ侵攻もアメリカの事情を理解していない連中による愚策であり、主攻軸をフィリピン以外の東南アジアに向ければアメリカの参戦は避けれた。
敵を誤ったのは日本も同じ。
ハワイ侵攻もアメリカの事情を理解していない連中による愚策であり、主攻軸をフィリピン以外の東南アジアに向ければアメリカの参戦は避けれた。
敵を誤ったのは日本も同じ。
ハイハイ、アメリカのせい、中国のせい、ソビエトのせいですか。
何があっても人のせいにして自分は悪くないと言い続けていつの間にやら中年ヒキニートになってしい人生詰んでいるお前ららしい言い分だなW
何があっても人のせいにして自分は悪くないと言い続けていつの間にやら中年ヒキニートになってしい人生詰んでいるお前ららしい言い分だなW
2127040
だってそれしか手がなかっただろ。
徹底的に叩き潰すなんて不可能なのは最初から分かってたんだから。
あとになってから「ああすれば良かった」「こうすれば良かった」なんてのが結果論だと言ってんだよ。
結果論なんざ卑怯者の言う事だ。
だってそれしか手がなかっただろ。
徹底的に叩き潰すなんて不可能なのは最初から分かってたんだから。
あとになってから「ああすれば良かった」「こうすれば良かった」なんてのが結果論だと言ってんだよ。
結果論なんざ卑怯者の言う事だ。
※2127088
フィリピン押さえられたら結局負けるしかないじゃん。
フィリピン押さえられたら結局負けるしかないじゃん。
永野が?
そうなのか?
永野は開戦か否かを決める御前会議で
戦うも亡国、戦わぬも亡国
と発言してるが。
いくら要職とは言え、永野だけで開戦は決められない。
テキトーな記事書くなよ。
そうなのか?
永野は開戦か否かを決める御前会議で
戦うも亡国、戦わぬも亡国
と発言してるが。
いくら要職とは言え、永野だけで開戦は決められない。
テキトーな記事書くなよ。
2127167
if小説に溺れるのはNGだが
将来のためにいろいろ考える分にはいいと思うぜ
民国政府との講和、ってのはどうだっただろうか?
ここと話がつけば禁輸の大義名分がなくなるわけで
仲介国選びが難しいが…でかい中立国といえば「あの」ソ連しかいないし
でもこの場合、一番の敵は国内世論かもな
if小説に溺れるのはNGだが
将来のためにいろいろ考える分にはいいと思うぜ
民国政府との講和、ってのはどうだっただろうか?
ここと話がつけば禁輸の大義名分がなくなるわけで
仲介国選びが難しいが…でかい中立国といえば「あの」ソ連しかいないし
でもこの場合、一番の敵は国内世論かもな
2127186
状況的にやらざるを得なかったのが現実で、それ以上でも以下でもないし
将来の為なんて意味もない。
同じ状況でない以上、どう転ぶかなんて分かりゃしないんだから
その時その時で選べる選択肢の中から選んでいくしかない。
状況的にやらざるを得なかったのが現実で、それ以上でも以下でもないし
将来の為なんて意味もない。
同じ状況でない以上、どう転ぶかなんて分かりゃしないんだから
その時その時で選べる選択肢の中から選んでいくしかない。
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